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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)99号 判決 1997年10月23日

大分県豊後高田市大字玉津一〇五五番地の二

上告人

松江貞信

右訴訟代理人弁護士

内田健

大分県宇佐市大字上田一〇五五番地一

宇佐合同庁舎

被上告人

宇佐税務署長 宮地龍郎

右指定代理人

渡辺富雄

右当事者間の福岡高等裁判所平成六年(行コ)第五号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成七年三月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人内田健の上告理由について

本件一〇筆の土地を豊後高田市土地開発公社に売却した代金を取得したのは上告人であるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成七年(行ツ)第九九号 上告人 松江貞信)

上告代理人内田健の上告理由

第一 事案の概要

上告人は、昭和五三年分所得税の確定申告にあたって、その所得は

配当所得 七四〇、〇〇〇円

給与所得 八、六四三、九〇〇円

総所得金額 九、三八三、九〇〇円

として申告した。

被上告人は、昭和五七年二月九日に上告人の所得は前記総所得のほかに分離課税の

短期譲渡所得 六八、一〇八、一九三円

があるとして、本件更正ならびに重加算税の賦課決定をした。

被上告人の本件処分は、豊後高田市土地開発公社が昭和五三年三月同市公共下水道終末処理場用地として先行取得した一審判決別表3番号1ないし10記載の合計一〇筆の土地(以下本件一〇筆の土地という)の譲渡代金は、本件一〇筆の土地が上告人の所有であるから、それにより発生した所得は上告人に帰属するとしてなされたものである。

第二 原判決の所得税法一二条の解釈適用の誤り、経験則違反、理由不備等の違法

一 原判決には、所得税法一二条の「実質所得者」の解釈適用を誤った違法がありかつ本件一四筆の土地を上告人がカワノ工業から買い受けて、本件一〇筆の土地を売却したとしたのは事実認定の過程における採証上の重大な経験則違反及び理由不備の違法があり、また審理を十分に尽くさなかった審理不尽の違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二 所得税法一二条によれば、「資産から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者は単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者が収益を享受する場合には、その収益は、これを享受するものに帰属するものとして、所得税を課税する」という、いわゆる実質的所得者課税の原則を採用している。

上告人は、本件一〇筆の土地を市ないし公社に売却して買収代金を取得しこともなく、右買収代金を自ら取得するために本件一〇筆の土地を含む本件一四筆の土地を買い受けたこともなく、所得税法一二条のその収益を享受する者にあたらない。

上告人が、カワノ工業所有の本件一四筆の土地処分に関与したのは、一審判決が認定するとおり、

『カワノ工業は、市ないし公社に対し終末処理場用地として本件一四筆の土地を売却することについて昭和五二年七月一日ころ、仮想売買契約書を作製したうえ、売却時期、売却価格および売却代金の保管等の決定を全て上告人に一任した。』

からであり

『カワノ工業は上告人に対し、市ないし公社に対し処理場用地として売却する目的で本件一四筆の土地の処分権を与えた。』

『上告人は、本件一四筆の土地の売却方法、売却時期、売却代金の保管の決定をすべて委任された。』

からである。

上告人は、このカワノ工業の委任にもとづいて本件一四筆の土地の処分に関するカワノ工業の一連の操作に深く関与し、右委任により一審判決および原判決が摘示する所有名義人を分散するための七名の名義の借用、豊後高田市との交渉、金融機関からの借入の交渉、本件一〇筆の土地の売却代金の保管等を行ってきたにすぎない。

したがって、上告人は、本件一〇筆の土地の譲渡代金を取得したこともないので所得税法一二条は適用されない。

三 上告人が、本件一四筆の土地を市ないし公社に売却する目的でカワノ工業から譲り受けたうえ、本件一〇筆を市開発公社に売却して受領した売却代金を自己が取得したとする原判決には、経験則違反、理由不備、審理不尽の違法がある。

1 まず、以下の事実は、証拠上明白であり、かつ当事者間でも全く争いのない事実である。

(一) カワノ工業は、昭和四七年六月、本件一四筆の土地を取得し、以後、同社の土地台帳に同社所有地として計上され同土地の管理費用、固定資産税などを同社が負担していた(甲第五九号証の六、九)。

(二) 同社は、本件一四筆の土地が豊後高田市の終末処理場用地として反当たり、一五〇万円ないし二〇〇万円で売却する見込みができ、公共事業の用地取得に伴う土地代金については金三〇〇〇万円までは基礎控除される優遇措置のあることを顧問公認会計士から聞いて知る。

(三) カワノ工業は、昭和五二年七月一日に本件一四筆の土地を大賀日出美など七名に代金合計一九、〇七六、四五七円で売却したこととして同日付の売買契約書を作成した(甲第五九号証の八)。

しかし、右契約上の買受人は真実の買受人ではなく、右契約はカワノ工業が本件一四筆の土地を架空買受人七名に売却したことにする仮装売買契約である。

(四) カワノ工業の土地台帳には右一四筆の取得価格一二、八三七、二四〇円が計上されているため、同社では管理費用等を経理担当者が計算をしたうえ、これに前記取得価格に加算した一九、〇七六、四五七円が右売却代金であるとした(甲第五九号証の六)。

めして、税務調査にそなえて、同年九月二七日右代金相当額がわざわざ銀行振込の方法によって同社に支払われ、同金額を入金処理した。

この仮装売買契約書、土地関係計算書、日付を逆上らせた念書等により、カワノ工業では本件一四筆の土地を架空買受人七名に売却したことにして、振替伝票(甲五九号証の六)の借方に「現金一九、〇七六、四五七」、貸方に「土地一二、八三七、二四〇、雑収入六、二三九、二一七」と記載し同金額の入金等の伝票処理を行い且つ公表上の帳簿である土地台帳に本件一四筆を売却した旨虚偽の記入をして、土地の値上がりにもかかわらず本件一四筆の土地の処分に伴う譲渡利益は存在しない旨の虚偽の帳簿を作成した。

カワノ工業は、この虚偽の帳簿処理に基づき柳井税務署に確定申告を行い、同税務署の税務調査に対しても七名の架空買受人に一九〇〇万余円で売り渡し、代金も現実に入金されている旨の回答をしている。

2 このように、所有名義人を多数に分散するために仮装売買契約書を作成し、公表帳簿上の原価を計算して仮装売買契約代金額とし、仮装売買代金を銀行振込の方法によって送金を受けて入金処理をするという一連の行為は、カワノ工業がその所有土地を市公社に売却するにあたって譲渡所得税の脱税のために簿外資産とする操作である。

一審判決は、本件仮装売買契約書の作成された昭和五二年七月一日ころカワノ工業が本件一四筆の土地を代金一九〇七万余円で上告人に売り渡したとする河野新一らの供述は不自然で合理性がなく信用できないとしたうえで

『カワノ工業は、市ないし公社に対し終末処理場用地として本件一四筆の土地を売却することについて昭和五二年七月一日ころ、仮装売買契約書を作成したうえ、売却時期、売却価格および売却代金の保管等の決定を全て上告人に一任した。』

とし、

『カワノ工業は上告人に対し、市ないし公社に対し処理場用地として売却する目的で本件一四筆の土地の処分権を与えた。』

『上告人は、本件一四筆の土地の売却方法、売却時期、売却代金の保管の決定をすべて委任された。』

と認定しているとおりである。

3 上告人はカワノ工業のこの委任に基づき、名義分散のための七名の名義の借用、豊後高田市との交渉、金融機関からの借入の交渉、本件一〇筆の土地の売却代金の保管などを行ってきた。

原判決の認定するカワノ工業の仮装売買代金一九〇七万余円の金融機関からの借入、同社への銀行振込による仮装代金の送金、本件一〇筆の土地代金の定期預金、国債等の保管、借入利子の支払は、一審判決の認定する、

『上告人は、本件一四筆の土地の売却方法、売却時期、売却代金の保管の決定をすべて委任された。』

ことにより上告人が行ってきたのであって、その故をもって上告人が本件一〇筆の土地代金を取得したことにはならない。

この点に関する一審判決の事実認定は、証拠の採否を経験則に従い、合理的に行った極めて正当なものである。

4 原判決は、上告人が本件一四筆の土地をカワノ工業から買受けたと判示するが売買の日時、売買代金額についての判断をしておらず理由不備の違法があるうえ、上告人が買受けた本件一四筆の土地のうち一〇筆を市公社に売り渡しその代金を取得したとの判断は事実の認定が論理の法則及び経験則にてらしてなすべきであるとする採証の法則に逸脱し、証拠の趣旨を歪曲して解釈し、しかも河野新一等の本件一四筆の土地の前記仮装売買契約書はカワノ工業が市ないし市公社に譲渡するためのものであったとの供述や本件一四筆の土地の実質的所有者がカワノ工業であることを自認している録音テープに収録されている供述を録音テープの検証もせずに曲解し、上告人の供述の信用性をことごとく否定するなど証拠の取捨選択を誤った違法がある。

第三 仮装売買契約書、虚偽の念書の作成などのカワノ工業の帳簿操作に関する原判決の誤った判断

一 本件最大の争点は、昭和五二年七月一日付の仮装売買契約書(甲第四六号証の11同第五九号証の8、第一審判決五枚目)及び虚偽の念書、土地代金計算書はカワノ工業が本件一四筆の土地を上告人に売り渡すために作成されたものなのか同会社が本件一四筆の土地を簿外資産とするための帳簿処理のためになされたものであるかであった。

そして、この仮装売買契約書、念書等は大賀日出美ら七名に対し本件一四筆の土地をカワノ工業が代金合計一九、〇七六、四五七円で売却したことにするものであり、この七名の買受人は真実の買受人ではなく、右売買契約そのものが存在しない契約であり、土地所有名義を分散するための操作であったことは争いがない。

カワノ工業が一連の帳簿操作によって仮装の七名の名義を借りて所有名義を分散する必要があった理由が何であったかは、河野新一社長、海磯博理経理担当、河野通晴専務、カワノ工業の子会社の取締役であった上告人などのカワノ工業の内部のいわば密室の操作であって、本件一四筆のカワノ工業の所有地を市ないし市公社に売却するにあたっての関係者の謀議の内容が明らかにされなければならない性格のものである。

そして、カワノ工業では、本件一四筆の土地の売却処分が豊後高田市議会で問題となった当初は柳井税務署の税務調査等に対して前記仮装売買契約書、虚偽の念書、仮装売買代金の入金等が真実であり、公表帳簿上の処理でカワノ工業としては処理がすんでいてその後のことは関係がないとの態度をとりつづけることとなった。

したがって、カワノ工業の謀議の内容は、上告人の刑事裁判における河野新一海磯博理の証言では全く解明されなかったが、昭和五五年三月八日、同年五月六日に収録された録音テープの河野新一、海磯博理の供述および録音テープの存在を同人らが知った後の海磯博理の本件税務調査等の供述によって上告人が一貫して主張してきた「謀議の内容」が明確にされたのである。

甲第四二号証、同第四三号証の録音テープには、本件一四筆の土地を七名の名義人に売却したように仮装した仮装売買契約書、虚偽の念書、仮装代金の入金処理、公社に売却した代金の保管、公社に売却できなかった本件四筆の土地の保全策、上告人はカワノ工業の代理人として関与したことにすぎないことなどに関して河野新一、海磯博理の供述がナマナマしく収録され、その後、本件審理でも右甲第四二号証、同第四三号証の録音テープの供述がつぎつぎと裏付けられた。

上告人の主張事実については、甲第三四号証乃至甲第三六号証(刑事裁判の被告人供述調書)乙第一三〇号乃至乙第一三二号証(質問顛末書)、第一審の原告本人尋問の結果(第一八回乃至二一回本人調書)において一貫して供述しているとおりであり、その供述は前記甲第四二号証乃至甲第四四号証に収録した河野新一、海磯博理の供述および右両名と河野通晴の上告人の刑事裁判や民事事件での証言のうち後記のとおりの証言部分によって十分に裏付けられている。

原判決は、甲第四二号証および甲第四三号証の河野新一、海磯博理の供述について、

河野は土地の買収に関する経過について関心を有しておらず詳細はほとんど知らなかったことが看守できる

から、

上告人はカワノ工業の代理人ではなく、土地の完全な処分権限を有する主体として独自の責任と判断により行動したことを指し示すものということができる。

などと判断し(原判決一五枚目表)、

市乃至公社に買収された土地が一四筆の土地全部なのかどの一部なのか、いつ幾らの代金で買収されたのか、買収代金はどう保管されているのかなどについて無関心であったこと、上告人が持参すると言明した昭和四七年の裏金九〇〇万円返還分である二〇〇〇万円を除き、譲渡による利益を取得し、あるいはこれを回収することに積極的でなく、むしろそのような意思を有してしなかったことがうかがえる。

などとしたうえで、これが、

譲渡利益の帰属主体が上告人にほかならない事実をみとめるべき根拠となるものである。

との判断をする。

しかしながら、録音テープに収録されている供述内容は後記のとおり本件帳簿操作の内容、売買代金の保管帆法、カワノ工業は公表帳簿上の処理によって処理ずみであるとせざるを得ないとする立場、上告人が代理人として行動したものであること、四名の名義人のままになっている本件四筆土地の権利の保全方法などについて詳細に収録され、カワノ工業が本件一四筆の土地を簿外資産とする公表帳簿上の処理はすんでいること、本件一〇筆の土地の代金は名義人の氏名で定期預金、国債等にして保管していること、本件四筆の土地については土地の名義がカワノ工業ではないのでその保全策をどうするか相談し、河野新一が海磯博理に命じてメモを作成したことなど本件一四筆がカワノ工業の簿外資産となっていたことを当然のこととして会話がなされている。

原判決の右認定は、証拠の趣旨を歪曲して解釈したものであり、右判断は証拠に基づかない独自の見解を示しているに過ぎない。

また原判決は、一方においては

買収代金及び残った本件四筆の土地が河野側に帰属するという上告人の発現にただ会話の流れとして相槌を打つだけで、これを明確に肯定する趣旨の応答をしていない

等として録音テープに収録された供述内容が河野新一等の供述が同人らの真意でないかのごとき証拠の評価をしたり(原判決一六枚目表)、他方においては、

録音されていたことを知らなかったがゆえに河野の事実認識や意図がありのまま現れた

と認められる、などとしたり(原判決一七枚目裏)して原審の証拠の評価、証拠の採否の判断基準は場当たり的であり、証拠を精査して結論に至るのではなく、本件譲渡所得は上告人に帰属するという結論に前提にして、この結論を維持するに妨げとなる証拠は同一人の供述であっても歪曲して解釈したり、これを排斥するとした手法を採用しているのであり、採証上の経験則に違反し違法である。

また、原審は、上告人の前記供述調書、本人尋問調書、質問顛末書の供述の信用性並びに項第四二、同第四三号証の河野新一らの供述の信用性については、録音時の状況等を明確にしてその証拠価値および信憑性を判断すべき義務があったのに、上告人申請にかかる録音テープの検証を採用せず、この証拠調べを行うことなく本件判決をしたのであり採証法則の違法乃至審理不尽の違法がある。

三 仮装売買契約書、虚偽の念書、土地代金計算書の作成に関する原判決の誤り

1 原審は、前記仮装売買契約書、虚偽の念書、代金計算書についてその内容を十分に検討しないで河野新一等の供述の真偽を判定する証拠はない旨判示して(原判決一四枚目表)、この点に関する河野新一等の供述の信用性に関する判断を回避している。

2 河野新一らは、売買契約書については、

河野新一は、買主を名義人七人にすることについて上告人に指示したことはなく、上告人から人数を増やしたほうがよいといわれてそのようにしたこと、原稿は、上告人が作成し、海磯博理が社長の了解を得て清書した

と供述している。

しかし、本件契約書の内容と土地代金計算書の内容を検討すれば、この契約作成に関する河野新一、海磯博理の供述が虚偽であることがはっきりする。

そして、カワノ工業専務河野通晴は、本件売買契約書で買主を七人の名義にしたことについて。

カワノ工業が豊後高田市に本件土地を売却するについて、七人の名義にしたのは豊後高田市に売る手段と思った。

そうしたほうがいいと海磯からきいた。

と裁判所で証言をしていることに留意されるべきである(甲第三八号証)。

ところで、上告人が本件売買契約書を作成するのは可能であろうか。

まず、契約書の

代金 一九、〇七六、四五七円

の記載について注目されたい。

この契約金額こそ、カワノ工業側でなければ確定できない金額である。

本件金額は、甲第五九号証の六の土地代金計算書の土地取得および管理費用の原価計算と同一金額である。

この計算書は、昭和五二年七月本件契約書を作成する際、カワノ工業の経理担当の海磯が河野社長の指示により林事務員に命じて作成させたものである(豊後高田支部海磯証言七四~七八、当審の海磯証言)。

そして、売買契約書の土地代金は、右土地原価計算書の土地原価と同一金額である。

土地売買契約にあたって、その契約条項で最も重要な条項は、売買代金の決定であろう。

本件においては、カワノ工業の河野新一が指示しその金額を算出させており、上告人がこれに関与する余地は全くなかったのである。

しかも特に注目すべきは、右土地代金計算書の金額は、すべてカワノ工業の公表帳簿に記載されている土地取得代、管理費などの土地原価である。

被上告人は、カワノ工業は、本件一四筆を昭和四七年六月一日に取得したことを認めている。

その取得価格は一二、八三七、二四〇円であり、これに土地改良費、草刈費等の管理および取得金に対する金利五、六〇五、七二四円を加えた原価が一九、〇七六、四五七円の「土地売買代金」とされているのである。

そして、この土地原価は、すべてカワノ工業の公表帳簿に記載されていることに留意すべきである。

そして、本件土地をめぐる柳井税務署の調査が昭和五四年四月に開始されて以降、カワノ工業側は、

本件一四筆の土地は、右売買契約書によって、五二年七月一日に一九、〇七六、四五七円で売却ずみであり、一九、〇七六、四五七円も会社に入金されている。

公表帳簿上もそのように記帳されている。

との態度をとるようになった。

そして、原判決は、この河野新一の供述をそのまま採用し、本件土地が上告人の所有だと認定した証拠のひとつだとしている。

しかし、これはカワノ工業の帳簿が公表上そのように処理されているのであるから、もともと本件仮装売買契約書によってカワノ工業の公表帳簿から本件土地を簿外にしたとの供述は当たり前のことなのである。

翻って考えてみると、カワノ工業は、本件土地が豊後高田市の終末処理場用地として買収される予定地となったこと、しかも反当たり二〇〇万円で合計八〇〇〇万円もの価格で買収されるであろうことが予測され、カワノ工業としては、所有した本件土地をどのように売却したら譲渡所得税が課せられないか重大関心事であったはずである。

だからこそ、本件土地を処理場用地として計画された昭和五一年一一月ころ、広田会計士に海磯博理が上告人を同道して、三〇〇〇万円の基礎控除の措置について相談に行ったのである。

海磯は、上告人の前記刑事事件の公判(第五回公判九三、九四)で、

九四 五一年一一月ころ広田先生のところに行ったのはどうですか。

はい。一一月ころに。私が覚えているのは、確か公共用地取得にともなう特別措置の控除額ですか、三〇〇〇万円あれのことだったように記憶しています。

九五 私(上告人)は広田先生に一面識もないので、あなたが先生を紹介してくれましたね。

はい。

と証言している。

しかも、海磯は、前記豊後高田支部の事件の口頭弁論において、

名義人を大賀日出美ほか六名にしたのは、税金対策であり、三〇〇〇万円の控除があるからである。

と証言している(五七、六二)。

原判決が摘示する広田会計士の一般的な特別措置についての教示だったとする供述が仮に真実だとしても(原判決一三枚目)、海磯らは本件一四筆の土地の売却をにらんでの顧問会計士に相談したことには変わりがないのである。

もし、カワノ工業が本件土地を売却するについて、真実一九〇〇万円で譲渡する意思であればなにも公共用地取得にともなう特別措置の三〇〇〇万円基礎控除を考える必要もなかったわけで、そのためにわざわざ公認会計士に仮に「一般的相談」であったとしても、相談する必要性は全くない。

カワノ工業は本件土地が終末処理場用地の予定地となっていて、高価に買収されることを見越して、本件売買契約書を作成したのであって、このことは、前記海磯証言や、前記河野通晴が

当事者を七人にしたのは豊後高田市に売る手段であり、こうしたほうがいいと海磯から聞いた。

と、いみじくも裁判所で証言したとおりなのである。

原審は、広田会計士が一般的な説明をしただけであるから、カワノ工業が名義人を分散したことにはならないとするが、右判断はきわめて不合理である。

さらに付言すれば、昭和四七年六月土地取得後五年間も経過し、その間土地の高騰が続いているこの時期に、わずか一九〇〇万円程度の「土地原価」で売却したとする河野新一らの税務調査段階での供述はきわめて不自然であり、とても措信できない。

右売買契約書は、カワノ工業が本件一四筆を七名の所有名義に分散して売り渡したことにする仮装売買であり、右仮装譲渡によって、カワノ工業の公表上の土地台帳から売却処分したこととして簿外とする操作であることが明白である。

3 念書について

河野新一は、「上告人が金利および税金等諸費用を計算したのであって、これが必要だから書いてくれといわれて書いた」と供述し、さらにこれは、上告人が名義人七人の名前にするために行ったのだと供述している。

しかし、この河野新一の供述は、敢えて反論する必要もないほど虚偽であることが明白である。

まず、甲第五九号証に記載してある土地原価となるべき各費目の検討をしてみよう。

取得金額 一二、八三七、二四〇円

は、カワノ工業の土地台帳に記載の金額であり、

土地改良費

草刈費

税金

などの各費目も支出月日、金額等が記載され、上告人が立替払いしているものについては、

八、二六 松江さん立替払

などしているのであって、この記載だけからみても、カワノ工業の土地管理維持のために現実に支出した費用と、本件土地を取得したときからの取得金に対するカワノ工業の金利負担が年八、二五パーセントとして計算されていることが明らかなのである。

本件土地の取得経費や、金利の計算が必要だったのは上告人ではなくて、カワノ工業であったことは、この計算書自体からも自明の理というべきである。

海磯は、この計算書は、

九月末に売るとしての金利を計算したのです。土地改良費、草刈費、税金は会社の帳面から林事務員がひろいました。

と裁判所で証言している。(豊後高田支部第三回口頭弁論七五~七七)。

もし、被上告人が税務調査の段階で、この計算書の記載の各費目についてまで、林事務員はじめ、海磯などに真摯な態度で事情を聴取していたら、「上告人が金利や税金などの諸費用を計算した」などというとんでもない嘘の供述を鵜呑みにすることはなかったと思われるのである。

甲第五九号証の四の念書に掲げてある価額の各費目をみるといい。

念書には、

農地取得価格

銀行利息

税金

土地改良組合分担金

経費

管理費

の合計額で再売買する旨の記載があり、この費目こそ、林事務員が作成した甲第五九号証の六の各費目と全く同じなのである。

右念書が昭和五二年七月一日の仮装売買契約書を作成したときに、バックデートで作成されたものであることは海磯、河野新一も自認しているとおりである。

もし、仮定の問題として、上告人が本件土地をカワノ工業から譲り受けたとしたら、上告人にこのようなバックデートの念書が必要であったろうか。

この念書は、カワノ工業が本件土地を五二年七月一日付の売買契約書によって名義人七名に土地の取得価格に費用を加えたいわゆる土地原価で譲り渡したように仮装したために、万一を慮って、土地原価を売買代金額としたのは、本件土地を取得した「昭和四七年六月一七日」にすでに念書記載のような約束をしてあったことにする必要から、敢えてバックデートで作成したものなのである。

そして、カワノ工業は、本件帳簿操作により、本件一四筆は七名に売却処分し、その代金も入金ずみであるとの姿勢をとるのであるが、原判決は、この点に関し、

「仮にこれが完全な仮装売買であれば、カワノ工業は七名の名義人らに対する架空の領収書を発行し、帳簿上の入金があったように処理すれば足り、現実に入金させる必要はなかったのではないかと考えられるから、右代金の調達及び支払の事実は上告人が実際に本件一四筆を買受けたとみとめるべき根拠となりうる。

などと判示する

しかし、前記売買契約書、念書等により本件一四筆の土地を七名の名義人に代金一九〇〇万余円で売り渡したとするカワノ工業の操作は公表上の資産を簿外資産とするための「完全な仮装売買」なのであり、税務調査にそなえるためには公表上の資産を売却した代金の受入れと、資産処分は単に架空の領収書を発行するだけでは不十分である。

完全な仮装売買により、資産を簿外とするためには、現実に代金の入金事実が必要であり、だからこそ、カワノ工業は架空売買代金一九〇〇万余円をわざわざ銀行振込の方法により送金させたのである。

それにより、カワノ工業では振替伝票(甲第五九号証の七)を作成し備付け、右税務調査の際にも現実に代金一九〇〇万余円の入金のあったことを強調しているのである。

原判決は、「仮にこれが完全な仮装売買であるとすれば」などとするが、カワノ工業の本件帳簿操作は完全な仮装売買であって、それを完成させるために仮装売買代金額の証拠を残すために公表上の銀行口座に入金させ振替伝票処理をしたのである。

会計帳簿の仕組みの知識が少しでもあれば架空の領収書を発行しただけでは帳簿上の入金処理ができず、従って予想される税務調査のためには無力であることは容易に理解することができるのであって、原判決の右判断は会計帳簿の常識を知らない極めて非常識な独自の見解であり到底承服できない。

仮装売買代金相当額を公表帳簿上入金処理したのは、カワノ工業の簿外操作の仕上げなのであって、このことをもって上告人が本件一四筆を買受けた根拠とすることは証拠に基づかない違法なものであり原審の非常識な独自の見解にすぎない。

それとも、原審は七名の名義人に分散した本件仮装売買契約書、一九〇七万余円という低額な仮装代金に合理性をもたせるための虚偽の念書、右仮装代金を算出するための計算書などによるカワノ工業の帳簿操作は仮装売買ではないというのであろうか。

名義人を分散したことも、一九〇七万余円を売買代金としたことも仮装であることは争いがないのであるから、原判決が上告人が本件一四筆をカワノ工業から買い受けてその所有権を取得したとするのであれば、上告人とカワノ工業との売買契約の日時、売買代金などについて明確に認定して判示すべきである。

しかし、原判決には右売買に関する事実の摘示はなく理由不備、理由齟齬の違法がありその違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第四 本件操作と原告の関与についての原判決の誤り

本件一四筆の土地が昭和五二年七月一日付売買契約書作成まではカワノ工業の所有であったこと、同土地が豊後高田市の終末処理場用地として同市に売り渡せる見込みであり、同市に売却することを目途にして、本件売買契約が作成されたものであることは争いがない。

一 一審判決の判示するとおり、右売買契約書は、名義人七人に真実譲渡するために作成されたものではなく、カワノ工業が、豊後高田市に売却するについて、名義人を分散するための仮装売買であり、上告人はカワノ工業から委任されてこれに深く関与したにすぎないのである。

ところが原判決は、右仮装売買契約書による帳簿操作は上告人に一九〇七万余円で本件一四筆を売り渡すためのものであり、真実の買主は上告人であるかのごとく判断している。

カワノ工業の社長河野新一は、大分地裁に係属していた上告人に対する本件土地にかかわる公正証書原本不実記載等被告事件の第六回公判廷(昭和五五年一〇月九日)で、次のとおりの証言をしている(甲第三二号証)。

一四五 売買契約書はカワノ工業が七名に土地を売ったようになっていますね。

はい。

一四六 この時に豊後高田市に売ったと思っているんですか。

はい。高田市に売りました。

一四七 この七名はただ名義貸しをしている人だと思っているのですか。

(沈黙)七人の人が誰らや全然知らんのですけど松江さんがこの七名の人に(沈黙)。

一四八 あなたとしては、この七人の人は名義だけの人と思っているんですか。

(沈黙)

一五六 松江さんに売ったことはないんですか。

そんなことはないです。

一五七 全くない。

はい。ありません。

と証言し、本件土地売買契約書によって上告人に売却したことはない旨を明白にし、被上告人が指摘するような上告人の一連の行為についても、

松江さんは、会社の土地を豊後高田市に売るについて全面的に世話をされましたが、まあ仲介でしょう。

と明解に上告人の立場を証言している(同三六七頁)。

さらに、豊後高田支部の本人調書(甲第四〇号証)でも河野新一は、

前記売買契約書は豊後高田市に本件土地を売るための契約書であり、同市の終末処理用地に売る目的があって、上告人はその「世話」をしただけである(二六頁ないし三二項)

と説明している。

このことについては、昭和五五年三月八日上告人の妻文子が河野新一と面談したとき、同席した海磯博理も河野の面前で

普通不動産でしたら、うちの社長が受け渡しもあの窓口になってやりよるんですけど、あの大分ばかりは松江さんがおられて土地勘もあるし、皆松江さんがやってくれる。

あくまでも、しかし代理人であって、松江さんそのものには関係ないんであってただ、うちと向こうの窓口になられただけでね。

と上告人の立場を妻文子の説明し、河野もこれを否定していない(甲第四四号証四六頁)。

このように、河野新一の法廷での証言内容と一致した海磯の前記説明は、河野新一らの供述の真実性を判断するうえで重要である。

ところで、河野新一の長男河野通晴はカワノ工業の専務取締役でもあるが、本件土地を売却した状況について、大分地裁豊後高田支部で次のような注目すべき証言をしている(同支部昭和五六年(ワ)第二一号、第二五号)。

甲第三八号証によると、

松江から終末処理場用地として本件土地を売るようにいわれ、月曜会と言う役員会で、終末処理場用地として豊後高田市に売ると決めた。

旨説明したうえ、

八七 七人名義で売買契約をされていますね。

はい。

八八 豊後高田市に売るのにどうして七人の名前になったのか。

気にとめませんでした。

最初大賀日出美の名前になっていました。

八九 役員会で豊後高田市に売ることに決めたのですね。

はい。

九〇 その後他の人に売るという修正をしましたか。

いいえ。

と証言したうえで、買受名義人を七人としたことについては、

九一 七人の人が契約の当事者になる契約書ができて、これをどう理解しましたか。

という質問に対し、右通晴証人は、

豊後高田市に売る手段と思った。こうしたほうがいいと海磯から聞きました。

と極めて注目すべき証言をしている。

カワノ工業では、役員会で、本件土地を豊後高田市に処理場用地として売却することに決定し、その豊後高田市に売るための「手段」として、名義を分散したという真実を吐露したのである(同事件第四回口頭弁論五七年九月八日)。

さらに、同通晴証人は、同法廷で、裁判官の尋問に対し、本件土地が豊後高田市に売却されたことを原告から報告を受けていることを明らかにするとともに(被上告人は上告人が豊後高田市に売却できたことの報告をしていないと主張しているが、何を根拠にしているのだろうか)、本件土地を豊後高田市に売却したのはカワノ工業であり、上告人は売却の当事者ではないし、上告人から豊後高田市との契約ができた旨の報告をうけた時点でも、豊後高田市への売却はカワノ工業が直接行ったものであることをきわめて明解に証言している。

裁判官の質問による同証言は次のとおりである。

一三二 昭和五二年当時証人としては、本件土地がカワノ工業から誰に売られたと思っていましたか。

豊後高田市です。

一三三 直接ですか。

はい。

として、前記売買契約書によって七人の名義人に分けたのも売却することの「手段」であった旨の証言とともに、同売買契約書の存在にもかかわらず、カワノ工業が直接豊後高田市に売却したことを認める証言をし、さらに、

一三四 その売買に関して本人はどういう立場にあるのですか。仲介ですか。

いいえ

一三五 仲介ですね。

ええ。

一三六 当時はそう思っていたのですか。

はい。

一三七 社長はどうですか。

わかりません。

一三八 いつころまでそう思っていましたか。

六〇〇〇万円で売ったと松江がいってきたときも市に売ったと思っていました。

一三九 その時点でも松江は仲介人と思っていたのですか。

仲介人よりももっと強いです。

一四〇 要するに会社から直接市に売ったと思っていたのですね。

はい。

一四一 六〇〇〇万円で売れたという報告を受けたのですね。

はい。

一四二 会社にやったり、市長にやったりすると残りませんね。

はい。

一四三 松江には一銭も残りませんね。

答えない。

一四四 松江には取分がないのですか。

松江の顔がたつのです。

一四五 金銭的な利益は全くないという意味ですか。

はい。

前記通晴証言は、裁判官の質問に対する答であり、上告人が本件土地を豊後高田市に譲渡したものではなく、カワノ工業が豊後高田市に直接売却したことを明らかにするとともに、上告人が仲介よりももっと強い立場であったとするが、それは、上告人が売買の当事者であったことを意味するものではなくて、カワノ工業の代理人として行動したと理解することができるのである。

被上告人は、「上告人が自己の利益を得る目的で」と主張しているが、カワノ工業の専務でさえ、上告人には経済的利益はないといっているのである。

河野新一らと上告人は前記豊後高田支部の民事裁判では若いによって訴訟を終了しているが、そのことは、上告人が本件土地の所有権の帰属を認めたことにならない。

国税不服審判所の審判が係属しているときの昭和五九年一一月一四日に和解が成立したものであるが、右訴訟の経過は逐一詳細に審判官宛に報告し、同訴訟での証人尋問調書、準備書面等の主張書面等は逐一審判官に送付してきた(上告人から直送、本代理人から送付した)。

甲第五二号証の一、二、三、甲第五四号証、甲第五五号証の一、二、甲第五六号証の一、二、等は審判官からの依頼により提出したり、釈明に答えたものの控である。

右和解に際しては、右訴訟がいわゆる金銭支払請求事件であり、裁判所としてはいくら当事者が本件土地の所有権の帰属を争っても所有権の帰属について判断することはないとの見解を示したので、金銭支払関係を解決する手段としての強い和解勧告があったのである(甲第五三号証の一、二)。

この報告書と和解調書は、審判官に送付したものの控であるが、被上告人の一件記録中にある。

甲第五二号証は、豊後高田支部での民事訴訟は貸金請求事件と役員報酬請求事件であり、本件土地の所有権帰属とは無関係のものであること、送付した訴状等は当事者の主張にすぎず証拠価値があるわけでもないことを念のため添書して送付したものである。

当代理人は審判官にも口頭で和解は本件土地の帰属とは関係のないことを説明している。

このように、売買契約書、念書、計算書は、いずれもカワノ工業の土地を豊後高田市に売却するにあたっての税金逃れをするために、本件土地をカワノ工業の簿外とする一連の操作なのである。

二 本件一〇筆の土地の譲渡代金の保管等についての原判決の誤り

1 市開発公社は、昭和五三年五月本件一〇筆の土地を七八、六二二、〇〇〇円で終末処理場用地として買収し、同五月一九日代金を支払った。

上告人は、カワノ工業の指示により原判決が認定するとおり仮装土地代金の送金のためにそれぞれの名義人の名で大分県信用組合から借入れた借入金の返済をしたうえ、それぞれの名義人の名で県信用組合、大分銀行に定期預金をし野村証券で国債、割引債を購入するなどして売却代金を保管した。

その後、上告人はカワノ工業の河野通晴専務及び海磯博理に代金額、保管方法を報告している。

これらの定期預金、国債、割引債等の有価証券は本件土地の譲渡にかかる名義人に対する税務調査が終了した後にカワノ工業に持参することになっていたが、後記のとおり、豊後高田市議会で土地ころがし等問題になるなどしてカワノ工業に戻す機会を失い本件課税に至ってしまったものである。

2 上告人が本件一〇筆の土地代金を定期預金、国債などとして保管していたのは、「カワノ工業」の指示によるものであり、これを自己のために取得したことはない。

上告人は、第一審で

七八〇〇万円の金はカワノ工業のほうに持っていく金であり、国債、定期預金、有価証券などで一応預けておいて、税務署の調査がすんだ後にカワノ工業に持ってきてほしいということでしたから、そういうふうにしていました。

と説明し(第一審一九解本人調書一ないし六項)、また国税調査官に対しても河野新一の指示により国債、有価証券にしたが、市の支払の代金が大分銀行から出ていたことや、大分県信用金庫の前記借入金もあったので、両金融機関にも定期預金をした旨を詳細に供述している(乙第一三一号証)。

この点に関し原判決は、

河野に昭和五二年七月一日付売買契約書を作成した後は、本件一四筆の土地の所有権はカワノ工業のもとを離れて、上告人がこれをどのように処分しようとも関係がなく、市ないし公社への売却による譲渡所得は自己またはカワノ工業のいずれにも帰属せず、二〇〇〇万円を返してもらえばいいと考えていた。

等と認定しているが(原判決一七頁表)、原判決の右認定は証拠を歪曲して解釈したものである。

本件仮装売買契約書の作成の一連の帳簿操作によって、本件土地を簿外資産としてカワノ工業の河野新一らが公表帳簿上は本件土地はカワノ工業の所有から離れたとする態度は当然のことなのである。

証拠を精査すれば河野新一らが本件一〇筆の土地代金の保管、売れ残った本件四筆の土地の所有権の保金策に強い懸念を持っていたことが明らかである。

河野新一は、本件一〇筆の土地が七〇〇〇万円余りで買収されたことを熟知したうえで、本件一〇筆を仮装売買契約書によって一九〇七万余円で七名の名義人に売ったように仮装したが、うち本件一〇筆の土地七〇〇〇万円余りで売れたことが真実であり、公表上の操作代金一九〇七万余円を真実の代金七〇〇〇万円余りとの差額が多すぎることを上告人の刑事事件の操作過程であばかれないかを懸念し(甲第四二号証の二一ないし二五項、三五、三六項)、その捜査で国債等で保管されている売渡代金をカワノ工業に持参することになっていたという事実を供述すれば「最悪の事態」となるという認識までもっていた(甲第四二号証二三項)。

また、昭和五五年五月六日の上告人との会談でも、河野新一と海磯博理はカワノ工業としては表面上は本件帳簿上の操作で本件土地の処分は終わっているが、

宙ぶらりんの金が残っている。

金の処理と残った土地の処分がどうなるかを今から二つに分けて考えないといけない。

などと供述し、その検討をしている(甲第四三号証二五頁、二六頁)。

「宙ぶらりんの金」とは本件一〇筆の土地の売却代金のうち国債てどで保管している金のことであり、残った土地の処分とは売れ残った本件四筆の土地に関してのことであることは明白である。

原判決の「仮装売買契約書によって本件一四筆の土地はカワノ工業のもとを離れたカワノ工業とは関係ないと考えていた」等というのは、公表帳簿上の処分の河野新一らの「表向き」のことなのであって、真実は同人ら供述のとおりである。

また、本件売却代金を国債、定期預金等で保管したことについては、原判決では「右契約書等による仮装売買の工作が上告人と河野新一とのいずれのもとに行われたか確定できない。」とするのみであるが、河野新一は昭和五五年三月四日の上告人の妻との会談では「上告人との間では、売買代金のうち残った金は国債かなにかを買っておいて、そのうち送ってくるかどうかしようという話し合いであった」ことを説明している(甲第四二号証の二三、二三頁)。

本件代金の保管は、河野新一の指示であるとする上告人の一貫した供述を信用できないとして排除することは困難である。

3 なお、上告人が本件一〇筆の土地の売却代金について河野通晴専務に報告したことは原判決も認めざるを得なかったのであるが、その報告について上告人は一貫してつぎのように説明している。

甲第三四号証(上告人の刑事事件の被告人供述調書)には、

254 その後本件土地についての買上げがなされましたね

はい

255 いつごろのことでしょうか

昭和五三年五月一九日です

256 金額はいくらですか

七七〇〇いくらじゃなかったかと思います。

257 その報告をカワノ工業にしているんでしょうか

はい、しました

258 いつ報告したんですか

市から金が出たのが五月ですから、次の月に私が山大コンクリートの会社のためにいかんならん時ですからその時に報告しました

263 定期にしたり国債にしたりワリコー等を購入したということについても報告をしておりますか

はい、しています

265 報告をした相手は誰ですか

最初は社長と専務と二人のところで私が説明をし、社長が急用があるといって説明の途中で出られた

267 海磯さんにはその間の事情は説明しました

通晴専務に報告後に私がしました

との供述記載がなされている。

乙第一三一号証(質問顛末書)にも、

市役所と売買契約書を作成したときカワノ工業社長に報告をしましたが、昭和五三年六月、私が柳井に行ったときカワノ工業の会社で売却代金の総額について社長と河野専務及び海磯さんにも説明してあります。

この点では専務によく話しましたし、海磯さんには詳しく説明してあるので初めから終わりまで一番よく知っているはずです。

話しの内容は売買代金は七八〇〇万円で国債とか定期預金にしてあります。またその証書は私が保管しています。

と供述し(一二枚目、一三枚目)、本件一審での上告人に対する被上告人指定代理人の質問に対し、

56 売れた時に社長あの土地は約七八〇〇万円で売れたという報告はしましたか

はい、しました

57 一四筆のうち一〇筆しか売れなかったということも話しましたか

はい金額も含めて報告しました

57 それは売れた時点ですか

売れた次の月にカワノ工業のほうが私が行ったときに話しました

62 その時は金を持っていかなかったのですか

金は預金の方法を指示されていたので指示されたとおりしました

64、65 指示があらかじめあったのですか

売れた時にはその金は有価証券とか定期とかに分けていれておいてくれ、税務署の調査がすんでから持ってきてほしいといわれていたので六月に行った時は報告だけでよかったのです

と供述している。

河野新一、海磯博理の両名は、上告人の右報告を受けたことはない旨の供述をしているが、右両名が本件一〇筆の土地が七〇〇〇万円余りで売り渡され、その代金が国債、定期預金などとして保管されていることを熟知して刑事事件の捜査如何によっては仮装名義人の名で保管される国債などの行方を懸念していたことは前記のとおりであり、河野新一らが報告を受けたとすることは、公表上の処理ですんでいるとするカワノ工業の主張を維持するために重大な障害となるために報告を受けていないとの虚偽の供述をせざるを得ないのである。

原判決は、

上告人は河野通晴に対し土地が六〇〇〇万円で買収されたこと、そのうち市長に一〇〇〇万円森和静夫に五〇〇万円を渡し、名義人に対する謝礼などで五〇〇万円必要である旨明らかに事実に反する理由を述べ、残り二〇〇〇万円を柳井に持参するなどと述べたことがある

としたうえで、

上告人は市長らに渡すという二〇〇〇万円等の三八六二万円を自己において領得する意思であったと推認される

などと判示する(原判決八枚目表、二一枚目裏、二二枚目表)。

しかしながら、上告人は本件一〇筆の土地が買収された後の昭和五五年六月に河野通晴にした報告は、

前記のとおり買収代金が七八〇〇万円であり、後日カワノ工業に戻すために仮装名義人の名前で国債、割引債、定期預金などにして保管している

という内容であった。

河野通晴は、国税調査官に対し、原判決の認定するような供述をしているが、この供述に対して、上告人は、

私は、六〇〇〇万円は当初反当たり一五〇万円ということで六〇〇〇万円、市長に一〇〇〇万円については森若さんとの話があった時点で森若さんが市長に一〇〇〇万円を持っていけば、と話しがあったことを通晴さんに話したことがある

と説明している(乙第一三一号証一三枚目表)。

すなわち、当初本件一四筆の土地が豊後高田市の終末処理場用地として買収予定地となったとき、反当たり一五〇万円として四町歩の本件一四筆の土地代金を計算すると六〇〇〇万円になるとの話であり、市長に対する一〇〇〇万円については価格交渉をするにあたって当時の議長であった森若静夫から言われたことを河野通晴に話したことがあるのであって、本件一〇筆の土地の買収代金と保管についての前記報告を河野通晴はすり替えて供述しているのである。

上告人が三七〇〇万余円もの利得を得ようとしたことはなく、その領得の意思を推認する証拠は全く存在しない。

本上告理由書に添付したメモ二枚と大分銀行の袋の写は昭和五五年六月から八月にかけて上告人が作成した本件土地代金の保管状況を記載したメモとそのメモを入れて保管していた袋である。

この原本は、本件控訴審の審理中に上告人の妻が上告人方の物置の整理をした際にコピーの失敗した紙等と一緒にダンボールの箱に入っているものを発見し、上告人が保管している。

右メモには、本件一〇筆の土地の売買代金額、県信用金庫に対する返済額ならびに国債、割引債、定期預金の各金額が仮装名義人ごとに詳細に記載されている。

右メモの紙質、記載の内容、インクの具合などからも上告人が説明するように昭和五三年六月から八月にかけて作成したものと思われる。

上告人は、この二枚のメモのうち「市より県信支払」と表示してあるものに基づいて河野通晴専務に昭和五三年六月に報告したと述べており、「市より、県信に支払する額」と表示してあるメモは右報告の後に記載した手控えである。

原審の審理において右メモを証拠として提出できなかったのは、上告人において、

船十大 四五、九一五、四〇〇円

堀、岡 → 五〇、四三九、九五七円

との部分の説明と買収代金七八、六二二、〇〇〇円から県信用組合に支払った一〇、八七六、三九〇円を差し引いた、

六七、七四五、六一〇円

から更に公表上の仮装土地代金一九、〇七六、四五七円を差し引いた

六〇、〇〇〇、〇〇〇円-一九、〇七六、四五七円=四〇、九二三、五四七円 カワノ行きとの計算式の部分の説明が十分できなかったためである。

その後の検討で六〇、〇〇〇、〇〇〇円から一九、〇七六、四五七円を差し引いたのは上告人の計算違いであることが判明したのであるが、昭和五三年六月当時上告人は少なくとも四〇、九二三、五四三円は「カワノ工業に戻すべきもの」と考えていたことになる。

いずれにしても、原判決の「上告人が三八六二万余りを両得する意思であったと推定される」などとする判示は証拠に基づかない独自の論理であり、上告人に対する偏見すら覚える。

原判決は右の如き証拠によらない誤った事実認定を前提として、「上告人は単純計算をすると買収代金七八六二万円のうち三七六二万円を取得することになる」等と結論づけているが、このような事実を認めうる根拠となる証拠は存在せず、かえって原判決の判断は原判決が真実の事実的関係を述べているとする甲第四二、同第四三号証の河野新一、海磯博理らの供述にも相反する独自の見解である。

仮に、原判決の判断のとおりであるなら、売却代金のうちからカワノ工業に支払わなければならない金額があるのであるから、本件一〇筆の土地の譲渡所得の計算にあたって、右金額相当額は利得から控除されるべきものである。

したがって、原審としては、上告人がカワノ工業に支払うべき金額及びその性格等について十分に審理を尽くすべき義務があるのに、これをせずに前記のような判断をしたことは審理不尽の違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことはあきらかである。

第五 本件四筆の土地の処分と上告人の関与等についての原審の判断の誤り

一 開発公社に売却した以外の本件四筆の土地は昭和六二年六月までは、昭和五二年七月の右仮装売買契約の仮装買受人である

東本道彦

早田晴次

波多績

の名義のままであった。

<1> ところが、右四筆の土地については、昭和六二年六月二三日付をもって売買を原因とする所有権移転登記手続きがなされている(甲第一一号証ないし一四号証)。

その所有者は土地目録記載の

高田武夫

早田藤夫

になっている。

しかし、上告人は、右売買契約の締結には関与していない。

右四筆の土地は、昭和六二年六月までは、昭和五二年七月の仮装売買形夜具の仮装買受人の名義のまま所有権登記がなされていた。

すなわち

字南佳三二一〇番地 早田晴次

字 佳三二二四番地 早田晴次

字 佳三二二五番地 波多績

字 佳三二二六番地 東本道彦

であったが、昭和六二年六月二三日付をもって右四筆の土地について

早田晴次から高田武夫

波多績から早田藤夫

東本道彦から早田藤夫

に売買を原因とする所有権移転登記がなされた。

<2> 右所有権移転登記の原因となった売買契約の売主は

河野新一

であり、上告人は右売買には全く関与していない。

右仮装売買契約の仮装名義人であった早田晴次は、前記四筆の土地の売却処分について、土地の所有権者であった河野新一から昭和六一年八月二六日付をもってすべての権限を委任された(甲第一七号証)。

そして、高田武夫は土地所有者河野新一から昭和六二年三月一六日に代金九、五六五、四〇〇円で右土地を買受け、早田藤夫は同年三月一四日に同様河野新一から代金一五四七万円で買受けている(甲第一八号証の一ないし甲一九号証の三)。

<3> 右四筆の土地の売買代金は昭和六二年六月二四日までに河野新一と右代理人早田晴次との間でつぎのとおり清算されることに確認がなされた(甲第二〇号証)。

売買代金は、支払い時点で

<省略>

合計二四七〇万円となった。

そして、河野新一は、右土地代金のうちから、右土地前記仮装売買の際に大分県信用組合高田支店から早田晴次名義で借り入れてカワノ工業に送金した金員の右酌入金の残金

元金 一〇、一二三、六一〇円

利息 二、九八七、六五四円

を大分県信用組合に返済した。

また、早田晴次等がそれまでに立替払いしていた右借入金利息、仮装名義人に対する慰謝料、売却の仲介に対する謝礼等を支払って清算した残金は

二〇〇万円

となり、右二〇〇万円は河野新一名義で大分県信用組合に預金されることとなった。

<4> 尚、右四筆の土地に対する昭和五三年度から昭和六二年度までの固定資産税も河野新一が負担した(甲第二一号証の一乃至第二九号証の一〇)。

右売買契約の売主は、カワノ工業の代表取締役河野新一である。

前記仮装売買によって一四筆の土地を簿外資産としたカワノ工業の代表者である河野新一は、昭和五三年に本件土地一〇筆を土地開発公社に売却処分し、昭和六二年六月になって残った四筆を処分したのである。

二、原判決は、

早田晴次が本件四筆の土地の処分にあたってことさら河野新一から委任状を徴して、代金の一部である二〇〇万円を同人に交付して、もって右土地の所有者が河野であるとの外観を作出しようとした疑いをも抱かせるものである

等と判示する。

しかし、右早田晴次は、本件一四筆の土地のカワノ工業の仮装売買代金をカワノ工業に振り込んだ際の県信用組合からの借入金の返済を同組合から請求され、借入名義人としてこれを解決しなければならないものと考えて、同組合支店長の堀純二と相談した結果、同人を動向のうえカワノ工業に赴き、河野新一から本件委任状を書いてもらった旨証言しているのであり(一審第六回証人調書二九、三〇、三一、六一)右早田には原判決の判示するような意図は存在しない。

大分県信用組合は、本件四筆の土地分の仮名義人に対する貸付金の返済、利息の支払がなされないままになっていたところ、抵当権に基づいて本件四筆の土地の競売申立をしたが、売却されず、貸金整理のため名義人であった早田晴次らに請求した。同組合支店長堀純二と二人で河野新一に対し、本件土地を売却するかあるいは県信用組合の借入金の返済をしてほしい旨依頼したところ、河野新一が早田晴次及び県信用組合で任意売買によって処分してほしいということで委任状を書いたものなのである(同証言六一ないし六四項)。

また、本件四筆の土地の代金の清算は、同組合の堀支店長が計算をし、河野新一の希望によって二〇〇万円を同組合に定期預金されたものである。

原判決は、本件譲渡所得が、上告人に帰属するという結論を維持するのに、本件四筆の土地が河野新一の委任状によって処分され、かつ同代金のうちから二〇〇万円を同人が受領していることが重大な障害となるために証拠を歪曲し、証拠に基づかない前記判断をしたにほかならない。

そもそも、河野新一らは、売れ残った本件四筆の土地はカワノ工業の簿外資産であるとの認識を前提として所有名義がカワノ工業になっていないことから、その権利保全策まで協議していたことが証拠上明らかである。

第六 カワノ工業側の供述の変遷と真実

一 昭和五三年三月、本件一〇筆の土地を土地開発公社が買受けたのち、昭和五三年九月ころから右用地取得にからんで「土地ころがし疑惑」があるなどとして豊後高田市の反市長派議員などが問題として、昭和五三年一一月一三日には同市議会に地方自治法のいわゆる一〇〇条委員会が設置され、調査が開始された。

柳井税務署も、本件土壌譲渡について、カワノ工業の海磯から事情聴取を開始した。

五四年四月二一日、同六月二日から八月までの間に調査を受けた海磯は、

本件土地は、カワノ工業が昭和五二年七月一日付の売買契約書によって七名に譲渡したものである。本件土地の買受人は契約書の七名である。

と説明し、その説明を裏付けるものとして「高田土地試料」を作成して同税務署の中村係員の調査資料とした。

甲第五九号証の一ないし五九号証の一一がその「高田土地資料」である。

海磯は、同税務署に対し、土地の移転の流れ、資金の流れを図面に書いて(甲第五九号証の一〇)昭和五二年七月一日に七人に売却して同五九年九月二七日に代金を受け入れていることを説明している。

本件訴訟になって甲第四三号証、甲第四二号証の各録音テープの反訳を詳細に検討し、海磯博理証人に質問したところこのような事実が明白となった(海磯証言一七回口頭弁論調書三四ないし六七)。

カワノ工業は本件土地を売ったのは、契約書の七名であり、同契約書は真正なものであり、その真実性、合理性を担保するものとしてわざわざ五九号証の四の念書まで作成して帳簿操作をしていたのである。

カワノ工業は、この時点では真実即ち譲渡所得を免れるための買受人分散の本件操作が司直によってえぐりだされるとは考えていない。

だから、前記売買契約書が仮装売買でこれによって本件土地を含む一四筆を上告人にわずか一九〇〇万余円で売ってしまった等という嘘も考えついていない。

あくまで、カワノ工業としては、公表上の帳簿の上の処理で押しとうそうとした。

二 カワノ工業の海磯は、昭和五五年三月八日に上告人の妻文子に対し、本件土地の売買に関して柳井税務署から調査のあったことを次のとおり説明している(甲第四二号証の四二ないし四三頁)。

昭和五四年四月二一日に柳井税務署の調査があった。整理してなかった書類を全部整理してコピーして渡した。

この時に実は、面白い問題があった。宇佐の税務署から柳井税務署に問い合わせがきていたが、柳井署では書類がどこにあるか分からんので、返事しなかったら、宇佐署は熊本国税局にいって熊本局から広島局に言い、柳井署に言ってきた。

柳井税務署の中村という良く知っている人で、書類書いてデーターをそろえた。

時間が経って、六月二日に中村がここに来て、入金状況なんか調べて、それから六月五日に松江さんと私が柳井税務署に行っている。これ日記をピックアップしてみたんです。

昨年春から夏のことです。

それから、八月に宇佐、高田の署から事情聴取に来た。

コピーをとったり、結局これを渡したことなんです。

そしてようやく被上告人が提出した昭和五五年七月二日付海磯博理顛末書(乙第一四四号証)に「高田土地関係調査書」という経緯表が添付されている。

同表によると、右録音テープに収録されたとおり、昭和五四年四月に柳井税務署から調査を受けて、

四月二三日に土地売買の資料をコピーして渡し

六月二日、中村氏来社、入金状況等調査

六月五日松江、海磯説明に柳井署に行く

と記入されている。

カワノ工業が作成した甲第五九号証の一ないし一一の「高田土地資料」には、海磯の「五四年八月八日」の丸印が押印されており、控と墨書されている。

右録音テープに収録した海磯の発言は、わざわざ日記帳からピックアップして説明しているのであり、刑事事件でき「全体として、奥さんの方が一方的に話したという感じであった。」との証言は全くの嘘である(甲第三〇号証二五三、二五四)。

しかも右発言は、乙第一四四号証の経緯表や、甲第五九号証とも内容において一致し、右録音テープの信用性はきわめて高いといわなければならない。

また、五月六日の録音テープにも、柳井税務署の中村係員の調査の状況についての海磯の発言がなまなましく収録されている。

去年四月にや、熊本国税局からきて、一応調べている、貴方が柳井へ来てからこのころから詳しく調べとった。

こう図を書いてね。

こうなって、こうなってとあんまり複雑なけ、中村さんがようわからん、わからん、むつかしいといいよったですよ。

(甲第四三号証の三〇ないし三一頁、第二審における海磯証言六七項)

そして、「高田土地資料」には海磯が作成した「高田土地流れ図」が添付されて、同図面には

昭和四七年六月大石政文外一三人から代金一二、七七〇、〇〇〇円で取得し、舩倉日出美の名義で登記し、四七年六月一七日付の念書が存在し、名義人日出美との間で真実の所有者はカワノ工業であることの契約書(公正証書)があること。

昭和五四年七月一日に一九、〇七六、四五七円で日出美外六名に売却したこと、同年九月二七日に代金が入金されたこと。

が記入され、この図面を作成した海磯証人はすべてを知っていたことが明らかであるのに、上告人の刑事裁判や国税調査官の調査では「自分は一介の事務員なので、操作については知らない」などとその責任を転嫁した。

カワノ工業は、右海磯発言のとおり昭和五四年四月から八月までの柳井税務署の調査に対しては、本件一四筆の土地をカワノ工業が七名に昭和五二年七月一日代金一九、〇七六、四五七円で売り渡し(仮装売買契約書甲第五九号証の八)、仝年九月二七日同金額が入金された(振替伝票甲第五九号証の七)との虚偽の説明で押し通した。

右売買契約書が仮装売買契約書であるとか、右仮装売買によって本件一四筆の土地を上告人に売ったなどの主張は一切なされていない(第二審の海磯証言六四ないし六七項)。

その後カワノ工業側は、本件操作によって本件一四筆の土地は処分され、その代金も入金ずみであるとの姿勢をとりつづけることになる。

甲第五九号証の八の売買契約書が仮装売買契約書であり、この契約書の本当の買受人は上告人であって、わずか一九〇〇万円で上告人に売ってしまったものである等の嘘も考えついていない。

あくまで、カワノ工業としては、公表上の帳簿の上の処理で押し通そうとした。

三 一部議員は、昭和五四年四月一八日「本件土地」は上告人の所有であり、その譲渡にともなう所得は上告人に帰属するとして上告人を被告発人として大分県警高田警察署に所得税法違反の嫌疑で告発した。

同年一二月末、買い受け名義人六名が高田警察署に任意同行取調べをうけるや海磯から前記「高田土地資料」が上告人方に送付されて、カワノ工業としてはあくまで七に譲渡したことで押し通すむねの連絡があり、名義人にもその意向を伝えた。

昭和五五年一月七日上告人自宅、名義人自宅が強制捜査(捜査差押)海磯から送付された「高田土地資料」が欧州。上告人は任意同行され取調べをうける。

一月二〇日別件贈収賄事件で上告人逮捕勾留。同日カワノ工業、河野新一宅、山大コンクリート、上告人宅捜索差押、河野新一、海磯両名も柳井警察署で取調べ(甲第四二、四三号証の録音テープの両名の説明で判明)。

「高田土地資料」が再び上告人方に送付されてきた。

同年二月、警察は本件一四筆の土地の事実上の所有者が上告人であるとの情報をマスコミに流し、新聞は「豊後高田の黒い土地」「所有者は松江」などとキャンペーン(甲第八二号証)。

同年三月四日、カワノ工業の帳簿の記載にそって同社の意向どおり自分が真実の買受人であると供述をしていた名義人四名が公正証書原本不実記載罪で逮捕。

上告人は本件について真実を供述すると世話になっていたカワノ工業、河野新一に嫌疑が及ぶとして黙秘。

四 昭和五五年三月四日上告人の妻文子が河野新一、海磯博理と面談し、その状況を録音テープに録音(甲第四二号証)。

この録音テープには、本件一四筆の土地がカワノ工業のものであり、カワノ工業としては帳簿上はすでに処理されていることが強調され、しかしその主張も「裏金」が問題になったら最悪のときは真実を出してもしかたがないなどとする社長発言がナマナマしく収録されている。

本件土地の開発公社からの売却代金は、カワノ工業の指示で定期預金、国債等にして上告人が保管し税務調査後に河野側に裏金として送付することとなっていた。このことを河野新一は

「あとまぁ松江さんとこのあと、残りの金はどうなるかちゅう話じゃったんですよ。それはなに、あのなにか国債かなんか買うてからその送ってくるかどうかしようじゃないかちゅう話がままあったが・・それまだ、いまだにでていないわけでしょう?」

は発言している(二三、二四頁)。

この録音テープにはカワノ工業の脱税のための操作であったことが如実に現れている。

五 昭和五五年五月六日上告人が河野新一、海磯博理と面談し、その状況を録音テープに収録(甲第四三号証)。

河野新一は、一四筆のうち残った四筆の土地が前記のように東本道彦、早田晴次、波多績名義のままであったことから、

「結局、また今の三人の人に残したままで一応また証書をいれておくか、そのままにしておくとこれも先でもめるもとですからね」(三三頁)

海磯は、

「土地の名義をどうするか借入金をどういう風にしておくか、どうして保全をしておくかということが一番問題です」(三六三七頁)

等と発言し、河野新一は公社に売却した一〇筆については上告人の刑事事件の裁判で真実がでてしまったときのために「税金問題はどうするのか」カワノ工業として対処をしておかなければいけないとして海磯にメモを作成させる等している(四六、四七頁)。

この録音テープにも球玉の事実が供述されている。

六 甲第四二号証、甲第四三号証の供述の球玉の事実

1 河野新一は、公共用地取得にともなう税法の優遇措置及び本件売却代金を熟知している。

昭和五五年三月八日会談の時点では、河野新一は前記のとおり警察の取調べに対しては、一二〇〇万円で取得した本件一四筆を虚偽の売買契約書が真実だとして一九〇〇万円で売却したと説明していた(甲第三二号証三三頁、三六頁)。

しかし、河野新一は、この日、三月四日に四名の名義人(岡本、堀江を除く)が逮捕されたこと、警察は本件土地が上告人の所有であるとの見込み捜査をしていること、上告人が逮捕、勾留中の取調べ中黙秘をしていること等を上告人の妻文子から聞いて知る(同三三頁、同一七頁)。

そして捜査が進展して、名義人を分散するための仮装売買であることや、帳簿上操作のからくり、豊後高田市に売り渡して国債などで保管してあった裏金がすでに警察に把握されていないかを心配する(甲第四二号証二一、二二、二三、二五、三五、三六頁)。

「はぁ、七人の方へ売ったと、一九七七万円の物が今度は七〇〇〇万円かなんかになったんじゃないかと、もらう差額が余りに多すぎる。しかもこの時はだいぶ間があったが、今度は一〇ケ月位しかない。余りにも値上がりがひどいじゃないか。」(二一頁ないし二二頁)

この河野新一発言は、仮装売買契約書によって一九七七万円で本件一四筆を売ったようにしたが、豊後高田市には七〇〇〇万円余りで売ったのが事実であり、公表代金一九〇〇万円と七〇〇〇万円の差額が多すぎること、昭和四七年に取得してから昭和五二年七月売却したようにするまでは日時があったが、今回の操作は五二年七月からわずか一〇ケ月間にすぎないことが問題とされることを意識している。

「七〇〇〇万円を七人に分けて売れば、例の三〇〇〇万円以下のなににかかるから、引っ掛からなかったということを、まっ、その脱税じゃないかという言い方ですね。」(二二頁)

「三〇〇〇万円まではかからない。そういう税法ができている。無理に税金を出すようにする必要はない。あの、そういうふうにしなさいということだから、分けとる。相続税でも毎年六〇万円じゃったら税金かかりませんよ、言うて・・・。あの・・やりなさい言うことじゃったから、我々はせんないのに毎年六〇万円利口に子供にやります。

合法的に認めますよ、こう言う。税理士も税務署もそういうことでやりますんで。」(八頁)

「さっき言ったように、三〇〇〇万円以下になったらかからんというのは、当然分けるのが当たり前で、それが税法がなっているのだから認められるべきだ。」(二二頁)

この河野発言で注目されるべきことは、公共事業の用地取得に伴う土地代金については、その所得のうち三〇〇〇万円までは基礎控除される優遇措置や、年間六〇万円までの贈与は贈与税の基礎控除額とされることを熟知し、七人の名義人に分散したことが脱税だと指摘されたときは、税理士や税務署の指導でやっているのだとすることであり、一九〇〇万円と七〇〇〇万円の差額がカワノ工業の脱税の問題として把握されていることである。

2 本件土地代金を国債や定期預金にしたのは河野新一の指示である。

「あとまぁ、松江さんとこのあと残りの裏の金はどうなるかっちゅう話じゃったんですよ。それは、何、あの何にか国債なんか買うてから、その送ってくるかどうかしようじゃないか、という話があった。」

上告人は、本件土地を豊後高田市に売却した代金七八六二万二〇〇〇円を大分県信用組合高田支店に定期預金等をするとともに、野村証券大分支店で国債を購入する等した。

この点に関し上告人は第一審で、

七八〇〇万円の金はカワノ工業のほうに持っていく金であり、国債、定期、有価証券などで一応預けておいて、税務署の調査がすんだ後にカワノ工業の方に持ってきてほしいということでしたから、そういうふうにしていました。(第一九回本人調書一ないし六頁)

と説明し、前記河野の発言についても

市に売った売却代金をどのように預けておいたらよいか、税務署が調査に入る前にどう預けておいたら良いかということを相談した時に国債かなんかにしておけばいいんじゃないか、という意味です。(同本人調書六五項)

とも説明している。この供述は刑事裁判での被告人本人質問ならびに上告人の税務調査、本件審理でも一貫しているものであり、右河野発言はこれを裏付けるきわめて注目すべき供述である。

そして、河野は

まだ裏でもっと柳井に送らなきゃならんというふうに言えば、一番元まで言わなければならない。(甲第四二号証二三頁)

として、真実を上告人が供述してしまったときは、最悪の事態となる(二四頁)と発言している。

3 警察の捜査で公表上の帳簿操作が虚偽であるとされてカワノ工業は責任を転嫁する。

昭和五五年一月二〇日上告人は市議会議員森若静夫との贈収賄容疑で逮捕勾留され、同事件については、自認するも、本件土地処分をめぐる公正証書原本不記載については黙秘。

同年三月四日舩倉、早田、波多、東本の名義人が逮捕勾留。そして同三月六日会談(録音テープ)の経過を経て、河野新一は検察官の取調べをうけた。

この時点で捜査機関は名義人の自供によって昭和五二年七月二日付売買契約書によって七人の名義人に一九〇〇万円で売り渡したとする公表帳簿上の操作の嘘であることを把握している。

各名義人は、右売買契約書は仮想の売買契約書であり、自分たちは名義を貸しただけである、との供述をした。

したがって、カワノ工業が柳井税務署の調査などに対して甲第五九号証の「高田土地資料」によって説明した嘘はもろくも崩れ去った。

河野新一の検察官調書は、昭和五五年三月二五日に作成された(乙第三六号証)。

そして、仮装売買契約書、念書の作成、七名の名義人へ分散など、すべてを松江のやったこととして、転嫁した嘘の供述をしたのである。

これは、本件捜査のターゲットが上告人であった捜査機関の意図とも合致したものであり、右検察官調書の供述は上告人の刑事裁判や豊後高田支部での弁護人の反対尋問や、裁判官の質問ならびに第一審における証人尋問に耐えることができず、供述の矛盾、相反供述、嘘がつぎつぎと明らかにされた。

河野新一は、大分地裁豊後高田支部の民事訴訟での前記仮装売買契約書を示された証人尋問で後記のとおり、右契約書は真実ではなく、カワノ工業が豊後高田市に本件一四筆を売ったので、代金は豊後高田市からカワノ工業に入るべきもので、松江はその世話をした(甲第四〇号証二六ないし三二項)との真実を吐露したのであるが、突然「カワノ工業から松江に売った」などと証言したりして裁判官から

貴方自身も相反することをいっていますね

とされたりする(同六〇項)場当たり的供述をせざるを得なくなっている。

乙第三六号証の検察官調書に河野新一の昭和五五年三月八日の上告人の妻文子との会談に関しての供述は、契約書の名義は七人の名義になっているので、会社もその人に売ったといって下さい。

と頼みにきたとしたうえで、

会社としても、その人たちに売ったといってもたいしたことにもならないと思い、軽い気持ちで奥さんの申し出を承知したのです。

との供述記載になっている。

この供述記載も嘘である。

カワノ工業は、五三年四月からの柳井税務署の調査のときにすでに名義人七名に対し、本件一四筆を売ったことにして、公表帳簿を操作し、甲第五九号証の「高田土地資料」を作成して申告していたのであり、本件捜査にあたっても河野新一は、

「警察が調べにきた時は、今の一二〇〇万円で買って、一九〇〇万円で売ったとしかやってない。その先がどうなったか、うちは知りませんよ。

何ぼで売れたのか、何ぼかということは一つも思ったことはない、そんなことはない、そんなこと関係ない、といっているんです。」(録音テープ四二号証、三三頁)

と妻文子に説明しているように、警察では柳井税務署の調査のときと同じように一九〇〇万円で名義人に売却したとしていることが明らかである。

三月八日妻文子から依頼されたから「軽い気持ちで承諾した」などというのは嘘である。

4 上告人は、本件一四筆の土地の処分についてはカワノ工業の代理人である。

また右検察官調書は、捜査側の本件土地が松江の所有物であるとしたい意図を汲んで、

松江が一四筆を買い戻したいということを言っていたので、一旦松江の物にするのかなと思いました。

とか、

買い戻しすることを承知した

などと嘘の供述記載となっている。

そして、仮装売買契約書による七名の名義人への分散、売買代金の原価計算、念書の作成などすべてを上告人の責任に転嫁した。

右責任転嫁供述は、後の証人尋問などによって、その信用性が全くないことが明らかになるのであるが、真実は昭和五三年三月八日会談での海磯の

普通の不動産だったら、社長が売り渡しも。

前からずっと私が窓口となっていた。

大分のは松江がいるので土地感もあるし、松江がやってくれるが、あくまで代理人であって、松江そのものには関係ない。

窓口になっている。

との供述(甲第四二号証四六頁)につきるのである。

右検察官調書は、本件一四筆を仮装売買契約書によって上告人に売り渡したものであるとする。

5 しかし河野新一、海磯博理は昭和五五年五月六日上告人との面談で、カワノ工業が本件一四筆を簿外資産とするための仮装のものであることを前提として、国債定期預金等として保管している一〇筆(四名分)の土地代金および売却できなかった四筆の土地について前後策を協議している。

昭和五五年五月六日は、上告人が保釈された四月二六日から一一日目である。

上告人が警察、検察庁の取調の際に真実を供述すれば、河野新一に迷惑がかかるとの配慮から九八日間黙秘権を行使してきたこと(甲第四三号証一七ないし一八項、二〇項)、刑事裁判の過程では、真実すなわちカワノ工業の一連の帳簿操作によって、本件一四筆を簿外にしたもので、上告人は窓口にすぎないことがでてくる(同二四項ないし二五項)と説明した。

これに対し、

社長 すると分けて考えにゃいかんですね。

すでに売った土地と、今まだ売ってない土地と二つに分けて考えんと。

会社としたら一応・・・

海磯 会社としては、縁が切れている格好ですわね。

社長 終わっているんですね。全てのことは。

松江 表面上はね。

社長 表面上はね。残ってあるのは、あくまでも名義上は七人の人がもっている。

とか、

社長 三人の人達が持っちって、四人の人は名義はない。市が土地をとったと。金を、宙ぶらりんの金が今残っているとそういう格好です。だから、金の処理と残った土地の処分がどうなるかを今から二つに分けて考えないといけない(同二五頁ないし二六頁)。

と刑事裁判の過程で真実がでてきたときの対応を協議している。

6 本件四筆の土地は、カワノ工業の所有であるので、その保全策を協議した。

前記仮装売買契約書や念書がカワノ工業が本件一四筆を「表面上」同社と縁を切るためのものであり、実質上は豊後高田市に売却した一〇筆(四人分)の売買代金と残った四筆(三人分)がカワノ工業か河野新一のものであることが前提とされて協議が続けられたのである。

河野新一の前記検察官調書や同人および海磯博理の刑事裁判での「右仮装売買契約書によって本件一四筆の土地を上告人に一九〇〇万円で売却した」などという供述が全くの虚偽であることが判然とする。

「今までに売れてない土地」とは

東本道彦

早田晴次

波多績

の四筆の土地である。

河野新一らの供述が真実だとすると、右四筆の土地も上告人の所有となる。

昭和六二年一二月七日付準備書面で主張したとおり、右河野新一は昭和六一年八月二六日付をもって早田晴次に右四筆の土地の売却処分を委任して売却し、土地代金の清算をしている(甲第一号証ないし同第二九号証および証人早田晴次、同早田藤夫の各証言)。

河野新一が右四筆の土地の実質的所有者として売却処分したのであって、上告人は右処分には関与していない。

この点に関する被上告人の主張は支離滅裂であり、真面目な主張とは思えない。

昭和五二年五月六日会談をみよう(甲第四三号証)。

「今まだ売れてない土地」すなわち前記三名の登記名義にした土地について

社長 名義を日出美さんにもどすか。

私の方にゃ戻らんですけんね。農地ならば・・・。

松江 農地の登記上は戻りませんね。

社長 はい、はい。

海磯 それか、第三者の全然違う人の名義借っといて、

社長 それはもめたけ、貸さんというといて。

それかといって、日出美さんに戻すというのもね。

等と(三二頁)右四筆が農地であるために、真実の所有者カワノ工業に登記名簿を戻すことができないので、再び舩倉日出美の名義を借りるか、第三者の名義を借りるか等の相談がなされた(三三頁)。

「舩倉日出美の名前を借りる」とは、カワノ工業が、昭和四七年に本件一四筆を買い取ったときに同土地が農地であるためカワノ工業の名義に所有権移転登記ができず、舩倉日出美の名義を借りて移転登記した事を意味する(本人調書第一八回二四〇、二四一)。この事実については、被上告人も争わない。

そして、前記協議で再び舩倉日出美や第三者の名義を借りるのは無理だと云っているのであるが、河野新一の

社長 結局、また今の三人の人に残したままで一応また証書を入れておくか。そのままにしちょくと、これも先でもめるもとですからね。どうかね。(甲第四三号証三三頁)

との発言になるのである。

「三人の登記名義にしたままで一応また証書を入れておくか。」というのである。

カワノ工業が本件一四筆を買い取って、舩倉日出美名義で所有権移転登記をしたとき、カワノ工業では登記名義が同社のものにできないことから保全のために

本件土地が農地法、農振法の関係で直接カワノ工業に登記ができないが、真実はカワノ工業のものだ

という契約書を作成した(甲第五九号証の二、甲第四六号証の七)。

前記河野発言は、

四筆の真実の所有者はカワノ工業であるが、その所有権移転登記ができないから、舩倉日出美の名前を借りたときと同じように三人と契約書をつくっておくか。

ということである(本人調書一八回二三七頁ないし二五二頁、本人調書第二一回二五一ないし二五三)。海磯も、

そうそう、それだけしておかんと、とうとう向こうの今の名義の人にいってしまうということになるですね。

といっている(甲第四三号証三五頁)。

また本件一四筆の仮装売買契約書の売買代金約一九〇〇万円は、右土地に抵当権を設定し、名義人の名前で大分県信用組合から借入をして、銀行振込の方法によってカワノ工業に支払ったように装った。

そして、豊後高田市に売り渡した一〇筆(岡本隆、堀江義勝、大賀日出美、舩倉基弘)の抵当権は、右売却代金七八〇〇万円のうちから借入金を返済して抵当権設定登記を抹消した。

「残った四筆の土地」については、三人の名義人の借入金として約一一〇〇万円が残っており、抵当権が設定されたままとなっていた。

右借入金をそのままにしていいかどうかも検討がなされ、カワノ工業としては、表向きは代金の決済がすんでいるので、同社が右借入金の返済を公表帳簿上支払うことができないところから、

社長 会社が払われんね。会社はもう済んじょるんじゃから。

海磯 まず、誰かが銀行の金出して、銀行の名義を借りてとるんだから返して基に戻さないと向こうもかなわんでしょう。利息はずっとつくし。

松江 利息がつくし。

社長 買うたんじゃけね。向こうは

海磯 まっ、名義を貸しただけのような形になっちょる。

所長 貸しただけじゃけど、金は一応買うたことになって、金は支払っちょる形になっちょる。

海磯 銀行から借りて支払っちょる。

社長 じゃから、その金を戻さなにゃいかんですね。

海磯 はいはい。それか担保をかえるか、名前を変えるかですね。少なくとも、その三人はすっきりしたいでしょう。

銀雨で借りちょるという問題は。

社長 その金を戻さにゃいかんです。

松江 銀行にでしょ。

社長 はい。

松江 今は担保が残っている。三人分の担保が残っていると利息は私が立替えて、ずっと・・・。

社長 カワノ工業から戻す訳にゃいくまい。済んじょるんじゃけん。カワノ工業に権利を戻すなら戻さにゃいくまい。

海磯 それよりも、今の三人が持っているものを、第三者に売ったようにして、その人に金を出してもらうことで、担保を設定しておいてもらえばいい。

社長 それか、うちから金をまたわしの個人の金を送ってあげないかんようになる。

としたり、

社長 一一〇〇万円ちゅう金が早う戻さんとですね、いつまでも利息がいるということになる。

松江 利息は私がずっと立替えてですな。

社長 はい。

海磯 銀行借入の問題、残った三人とですね、土地の名義をどうするか。借入金をどういう風にしておくか、どうして保全しておくかが一番問題です。

松江 借入金をこのまま利息をおうていくというのであれば、今のように借りといてもいいわけじゃ。

海磯 そうですね。利息だけはこっちから。(甲第四三号証三四ないし三七頁)

等と三人による密議がなされている。

この密議の状況を海磯がメモしていたが(同四六甲)、同メモには、

一、市に売却した二分の一の土地のうち四人に関する件

これは裁判の過程で真実がでてくるので、税金問題はどうするか対処しておかないけん。

二、残りの二分の一の土地のうち三人が持っている件

等と記載され、同メモを読み、そして海磯が朗読したのを聞いて、河野新一は、

保全の問題じゃ。今の借入をどうするかという問題と、支払うかどうするかという問題じゃの。借入金の処理、そのうえに利息、利子は日にちを追ってくる。

と自ら問題点を整理している。

このように「本件四筆の土地」は、名義人のままであるので、昭和四七年に「舩倉日出美」の名義を借りて本件一四筆の土地をカワノ工業が取得したときと同様の保全策を講じようという謀議でありカワノ工業の所有であることを前提としてはじめて意味がある。

第一審判決はありもしない「利益分配の趣旨」を前提として、土地保全が上告人のためになされたとするが、証拠の取捨選択を誤ったきわめて杜撰な判断をしている。

7 修正申告は、刑事裁判で真実すなわち所有者がカワノ工業であることが判明したときにどうするかの問題であった。

上告人の刑事裁判で上告人が黙秘権の行使をやめて、カワノ工業の本件土地取得から本件帳簿操作等の真実を供述したときに、どのような問題が章二、どのような対策が必要かとの密議、謀議であった。

カワノ工業の河野新一や海磯博理は、

海磯 余り経験がなく、うかつなことは言えませんね。

社長 もっと検討してみましょう、税金の問題を。それから金と土地の両方四人と三人のふたとおりの問題が残っている。

との認識を示し(同四一項)、

社長 広田公認会計士と通晴とも、よう相談してみよう(同四五項)

としている。

このような密議は上告人の刑事裁判では録音テープが証拠として採用されなかったために同人らの証人尋問でも明確にできなかった。

右密議で注目されるのは、本件土地の公表上の売買代金をカワノ工業に支払ったように装っているが、そのための大分県信用組合からの借入金もカワノ工業が早田晴次らの名義を借りているものであって、利息もカワノ工業側から支払わなければならないとされていることである。

ここでは、登記名義人三名の名義を借りて信用組合から借り入れた元金と利息をどのようにするのかの相談がなされ、河野新一と海磯は

カワノ工業からは返済することができないから、また第三者に売ったように仮装するか、それとも河野新一個人の金をおくって返済するか、名義は借りたままで利息だけこちらから支払うか

等と対策を協議したのである。

五月六日会談で

「うかつなことは言えない。もっと検討してみよう税金問題を。広田後任会計士ともよう相談してみよう。」

とした河野新一、海磯博理は早速、同公認会計士と相談して、もし上告人がカワノ工業の帳簿操作の真実を刑事裁判ではっきりさせたときの事の重大性を知る。

被上告人が、ようやく提出した昭和五五年七月三日付河野新一質問顛末書によると(乙一四号証三、四頁)。

広田公認会計士に相談したところ、「それは大変なことになりますよ」とのことであり、「これは弁護士をいれたほうがいい」といわれ、広田会計士の世話で、広田会計士、海磯、私で広田弁護士に相談にいって依頼した

と海磯博理の同五五年七月三日の質問顛末書にも同様の記載がある(乙第一四四号証五頁)。

相談を受けた広田公認会計士は、国税調査官に対して、

社長は、筋が一貫していなくて曖昧な点が多く、私としては疑わしい感じがあった

との感想をもらしている(乙第一四号証)。

五月六日の密議に基づいて河野社長らは、弁護士に依頼した事実も明らかとなり、同弁護士はカワノ工業の代理人として五月一六日北九州市小倉の「大吉旅館」において海磯とともに上告人の当時の刑事裁判の弁護人であった清源、向井両弁護士と本件について協議することになる(甲第四四号証の録音テープの反訳書)。

そして、カワノ工業としては、前記河野新一の検察官調書に記載された虚偽の供述で押し通すために、嘘を嘘でかためる場当たり的供述や辻褄あわせの自己矛盾供述を繰り返すことになっていった。

五月六日の河野、海磯、上告人の密議につき

海磯質問顛末書(乙第一四七号証二頁)

前記のような、財産保全、借金返済、修正申告の密議につき「ああそういうことがあったのですか」などと白々しく述べ「メモをしていれば社長がもっている」とか「メモの内容は記憶にないがテープに録音されていれば否定しない」と開き直っている。

海磯質問顛末書(乙第一五五号証三頁)同様松江会談で「残っている三名の土地について検討したことがあるか」との質問に「それは検討したことはありません」と木で鼻をくくるような答をしている。

河野質問顛末書(乙第一四五号証三頁)「金も土地も全部社長にあげるので修正申告をしてくださいといってきたので私はなんで修正申告をしなければならないのがわからないので広田会計士に相談した」等と嘘を平気で述べている。

海磯が、「売れ残った三名名義の土地の保全の問題、借入金返済」の検討などは五月六日にした事はないと頑強に否定をするのはなぜか。

それは、仮装売買契約書、念書の作成がカワノ工業の所有土地であった一四筆の土地を公表財産から簿外資産にするための操作を認めることになるからである。

この日、上告人は河野社長に「金も土地もやる」等といったことはない。

「修正申告」をしてくれと頼んだのではなくて、刑事裁判の経過のなかで上告人は真実を供述することになる旨伝えたところ、カワノ工業か河野新一が修正申告しなければならなくなるとの結論となって

うかつなことは言えない。もっと検討してみよう税金問題を。広田会計士にも相談しよう。

との河野、海磯発言になったのであり、その後同会計士に

会社で修正申告をするか、個人で修正申告をするかという土壇場になって相談した

(乙第一四九号証)。

河野新一、海磯博理の嘘の供述は、上告人の刑事裁判での嘘の証言をもとに続けられていった(甲第三〇号証一二六ないし一四七項の海磯証言、甲第三二号証一一四ないし一三八の河野証言)。

カワノ工業の本件一連の操作が単なる税金問題すなわち修正申告をすれば済んでしまうよう簡単なことでは済まないと知った「カワノ工業」側は全ての責任を上告人に押しつけたのである。

五月六日密議を録音テープに収録されていたことを知った河野新一は激怒して「日本人が日本人を売るような行為は許せない。私は日本人でないような人をもとにして調査をうけるのであれば今後はなにもお答えできない」(乙第一五〇号証三頁)と調査官の調査を許否するといっている。

河野新一の心中がわかる気がする。

河野としては、まさか五月六日の密議が録音されていたとは知らなかった。しかも、上告人がその録音テープを武器にして

おそれおおくも、河野新一は嘘をいっている。本当のことはこの録音テープに収録されています。

等と裁判や国税調査で言うなどは日本人である河野新一を売ることだとし、そのようなことをした上告人は日本人ではなく、日本人でない上告人の供述をもとに調査をするのであれば応じないというのである。

河野新一の狼狽振りがわかる。

七 録音テープと反訳書の真実性、信用性について

甲第四二ないし四四号証の反訳書およびその録音テープは、被上告人の調査段階および検察官の所得税法違反被疑事件の捜査段階で提出した。

検察官は、右録音テープを精査検討して本件土地が上告人の所有とは認められないとする上告人の主張を認めて不起訴処分とした。

すでに被上告人が拠り所としている福岡高等判決のなされたあとであり、被上告人のようにすべての客観的証拠を無視して本件土地が仮装売買契約によって上告人の所有になった等という認定はしなかった。

国税調査官及び被上告人大蔵事務官は、録音テープと反訳書を提出させて、反訳書を読みながらテープを再生して上告人の質問顛末書に添付した(乙第一三〇号証、一三三号証)。

特別国税調査官の平田一生は、録音テープに収録されていた内容と反訳書には齟齬はなく、録音テープに収録されていたものが反訳されていたと証言している(第二四回証人調書七三項)。

昭和五七年六月一日付上告人質問顛末書にも反訳書が添付され、同顛末書には、カワノ工業の弘田弁護士の五月一六日会談での「所有権はカワノ工業のもの」との見解や検察官が反訳書にもとづいて取調べを行ったこと等が説明されている。

質問顛末書に添付された反訳書は、甲第四二乃至四四号証と内容は同一である。録音テープの内容は、当事者だけしか知らない事実が語られており、その反訳書の真実性、信用性を否定することはできない。

以上

(添付書類省略)

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